中山間地域の移動手段:通勤自家用車等のシェアリングを考える
中山間地域の移動手段:通勤自家用車等のシェアリングを考える
2019.8.16
とさでん交通(株)代表取締役 片岡 万知雄
1.嶺北地域における地域公共交通網形成計画に参加しての所感
(1) 各種アンケート等の調査からは、地域の移動の主役はいうまでもなく自家用車で、公共交通機関の使用は、自家用車を利用
できない者や、域外への長距離移動を行う場合に限られるといっても過言ではない結果となっている。
一方、中山間地域での高齢化の進展は急激で、自分で自家用車を運転することが困難となるケースが増大している。
この状態を放置すると、自家用車も公共交通機関も共倒れとなり、地域の移動手段そのものが失われてしまうことは容易に
想像できる。
※現行の自家用有償旅客運送制度等では対応できない規模に拡大すると予想する。
(2) この状況下で、中山間地域の移動手段の確保を考えると、通勤自家用車等のシェアリングしかないのではないかと考えるに
至っている。
2.中山間地域の移動の切り口
(1) 時間の切り口
◇「定時制」
定時制の代表は公共交通であり、非定時制の代表は自家用車である。
自由に移動できることから、特に地方ではマイカーが移動の主役に収まってきたし、反比例して公共交通はますます衰退し、
このことが更に自家用車の使用を加速してきた実態がある。
農林業が主体の中山間地域は、「非定時制」で事足りてきたという言い方もできる。
◇一方、中山間地域における「定時制を有する交通手段」に焦点を当ててみると、次の2種類が該当する。
1)バス、鉄道の公共交通機関……ただし、頻度は格段に少ない。
2)通勤、通学、通院等に使用される自家用車。
・過疎化が進む中山間地域といえども、地域の中核たる役場周辺には、各種事業所や集落の集積がある。
(例)役場、学校、郵便局、JA、森林組合、銀行、病院・診療所といった公共あるいは準公共的な事業所
建設業や工場、量販店、コンビニといった一定規模の従業員が勤務する事業所も存在する
交通の結節点である駅(バス、鉄道)も存在する
・朝夕の通勤時間帯は、広範な域内の各集落から、川筋谷筋の道路を自家用車が当該中核地に集合し、また離散するとい
うサイクルを平日ごとに安定して繰り返している。
(2) 輸送量の切り口
◇中山間地域におけるこれら通勤自家用車は、定員一杯で走ることは皆無で、多くても2名乗車程度である。
◇もう一つ、自家用車の特徴は人だけでなくかなりの荷物が搭載できることにある。地域の特性から、乗用車ではなく軽四トラ
ックで通勤している者もいるため、この場合の貨物積載量は乗用車を凌ぐ。
(3) まとめ
以上の視点で見れば、通勤帯の自家用車は、実は公共交通機関並みの定時制と大量輸送(人流、物流)のキャパを有している
ことが分る。
このキャパの有効利用を考えると、手法としてシェアリングを思いつくのは至極当然であろう。
☆ ここまで、「定時制」と「大量輸送」の視点で中山間地域の通勤自家用車に焦点を当てて考えてきたが、もう一つの大事な
要件に「安全性」がある。
以下にも述べるが、シェアリング導入に際し、どこまで「安全性」を担保するのかが実現への大きな鍵の一つとなる。
3.中山間地域の需要について
(1) 中山間地域の住民の殆どは高齢者である。
・高齢化とは、自家用車を運転できない、あるいは運転できたとしても長距離や夜間は運転できないという状況がどんどん進
行してくることでもある。
・一方、公共交通機関を使いたくとも地域の中核地に居住していない大半の高齢者は、バス路線そのものがない、あるいはあ
っても便数が極めて少ないなど、公共交通の「空白地帯」に居住している。
(2) 移動目的
・加齢とともに移動の頻度が減ってくるのが高齢者の特徴であるが、それでも日々の生活を営む上で最低限欠かせないのが買
い物、通院等である。
・特に通院は、病院での待ち時間を嫌がり、朝早く行って予約を済まし受診を待つという高齢者が多い。高齢者は朝に強いこ
とも一因である。
・また、買い物についても通院と一緒に済ませるという形態が多い。
・自分で移動手段を持たない高齢者は、家族や知人の車に同乗する形で何とかそのニーズを満たしているが、家族や知人の高
齢化とともに、こういった機会も縮小を余儀なくされる状況にある。
(3) 目的地
・通院、買い物とも自己が居住する中山間地域の中核地にある診療所・病院、スーパーマーケット等で賄うのが通常である。
・また、通院等のため域外の病院等に移動する場合は、中核地にある駅(バス、鉄道)を経由するのが一般的である。
4.通勤自家用車と高齢者の移動需要のマッチング
(1) 前述の通り、高齢者の移動の需要(早朝)と朝の通勤時間帯はマッチングする。
(2) 高齢者が用件を終えて帰宅する時間帯は、夕方の通勤時間帯とは「ずれ」が生じる場合が多い=昼過ぎには移動目的は終了
すると考えられる(域外への移動者は一定の時間を要するので朝夕マッチングする公算が強い)。
(3) この帰途時の移動需要をどう満たすのかは工夫の余地がある。
(例)・既存の公共交通機関の利用
タクシー、コミュニティバス、自家用有償運送(空白地・福祉)等
・随時移動登録者(当該提案)の自家用車でのシェアリング
・中核地における待合機能の整備充実(娯楽、スポーツ、買い物、ボランティア、図書館等の交流施設等々)
5.具体の施策提案
(1) 概要
★通勤途上で、高齢者等をピックアップし、同様に通勤途上の希望地でドロップオフする『通勤自家用車等によるシェアリン
グ方式』を提案する。
(2) 仕組み
・定時移動者(随時移動者も含む)の登録 ⇒ 利用者の申し込み ⇒ マッチング処理
・マッチング運用機関の創設……その公共性から、地元自治体や当該自治体から委託をされた団体等
※乗車・降車:定時移動者の移動ルート上が原則
出来るだけ定時移動者の負担とならないように配慮(本来の業務に支障がないよう)すること
6.提案の問題点
(1) 自家用車の運転手の兼業の問題
・自治体職員‥‥禁止条項
ただし、無償あるいは実費?程度の有償の例外措置=常態となった場合への疑義は残る
・民間職員‥‥‥通常は副業禁止。実施の場合は当該所属事業者の関係規程等に基づく手続きの必要あり自治体職員よりは
ルールは緩いはず
※因みに、運賃相当分を当システムの整備・運用費に充当(基金造成等)するなどの方法もあろう。
(2) 事故・災害時の補償の問題
・誰がどこまで補償するのか?
※過疎地の有償運送において、この問題が生じたことを契機に廃止になったというケースを耳にする。
(3) 競業問題の調整
・当該提案に一番バッティングするのは地元タクシー事業者である。
・しかしながら、過疎化が深刻化した地域ではタクシー事業者自体が既に廃業している実態がある。またタクシー事業者が
なんとか存在している地域でも、当該提案は片道分はタクシーを利用する機会を提供することにつながるので、結果とし
て合意は得やすいと考えている。
・また、宅配を含む運送事業者とバッティングする可能性はあるが、当該提案の規模は人流が主であり、荷物は手荷物程度
と思われるため、実質的には競業にはなりにくいと考えている。
(4) 通勤する自家用運転手が、果たして登録に協力してもらえるのか
・いうまでもなく、当該提案は中山間地域を客観的に観察しての案ではあるが、現時点では机上の案である。
・当該提案をそれぞれの地域に持ち込んだ場合、どこまで実施に移せるのかは地元の窮状とその対策への必死度によるとこ
ろ大である。
・自治体職員は、その使命職責からも、条件さえ整えばこの提案の候補者の一番手である。
(5) 運用機関の立ち上げと円滑な運用
・整備すべき事項
・運用機関の性格 ・運用規模&予算(ハード、ソフト) ・運用ルール
・運用システムの開発=ただし、小規模なら当面は人海戦術(アナログ)でも可能
(6) 法的問題等のクリア
・道路運送法のクリア、前述の兼業禁止等の法的制限の問題や、事故時の補償問題等をクリアすることが当該提案実施の必
須事項となる。
場合によっては特区申請も検討する必要がある。
(7) 地元合意のルール化
・当該提案は、限界集落を抱える過疎化・高齢化が進行した中山間地域をモデルとしているが、(3)でも触れた競業事業者
や、地元住民の合意が必要となろう。
・その場合、現行の「地域公共交通会議」制度等での合意、あるいは類似の合意制度による手順を踏んで、オーソライズす
る必要がある。
7.その他
・コミュニティバス(乗合タクシー)の運用方法にデマンド方式があるが、当該方式は乗務員等の人手不足の背景の中では
労働効率が極めて悪く現実的ではない(残念ながらこの実態は認知されていない)。
例:デマンド対応に運転手を配置=いつ電話があるのか分からない中でずっと待機を余儀なくされる。この間、一般の乗客
のニーズにも応えることができないので、当該事業者の経営も圧迫している。

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